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前川喜平の「奇兵隊、前へ!」(その12)義務教育の完全就学・無償制・国庫負担の関係

「義務教育の完全就学・無償制・国庫負担の関係」

 義務教育費国庫負担金を、三位一体改革の補助金削減の対象にするのは間違っている。
 総務省は、義務教育費を全額一般財源化してよいと主張するための論拠として、しばしば「高等学校費も一般財源でやってる」ということを持ち出す。公立高校に係る経費については全額一般財源に依っているのであるから、義務教育費を全額一般財源化しても支障は生じないはずだというのである。しかし、これは義務教育の本質をわきまえない暴論である。
 義務教育と高校教育との間には、憲法に由来する次のような決定的な違いがある。
(1)義務教育はすべての国民に与えられなければならない
 高校は、基本的に能力と意欲のある者を受け入れる教育機関であって、義務教育のようにすべての国民に保障しなければならない教育ではない。したがって、義務教育の学校とは異なり、地方自治体には設置義務が課されておらず、公立高校を設置するかしないか、設置する場合どの程度の収容規模を確保するかは、各自治体の裁量に委ねられている。高校進学率をどの程度に見込むか、私立と公立との収容力の比率をどの程度に設定するかなど、各都道府県の政策的な判断の問題である。県立高校を全廃して、高校教育をすべて私学に委ねることも、憲法上、法律上は可能である。この点が、憲法の要請に基づき、6歳から15歳までの全ての国民を確実に受け入れなければならない義務教育と決定的に異なる第1点である。
(2)義務教育は無償でなければならない
 高校教育は授業料を徴収する有償教育であり、受益者負担の原理が働く世界である。公立高校に必要な経費のうち、どの程度を授業料による受益者負担に求め、どの程度を税金による公費負担に求めるかは、設置者である地方自治体が自らの裁量により判断すべきことである。必要な経費の全額を受益者負担に求めることも、憲法上、法律上は可能である。この点が、憲法の要請に基づき、無償で行わなければならず、受益者負担に転嫁することが許されない義務教育と決定的に異なる第2点である。
 これら2点における義務教育と高校教育との違いは、もし高校を義務教育化したらどれだけの財源が必要になるか考えてみるとよく分かるであろう。まず、無償にしなければならないから、現在の授業料収入分の財源はすべて税金で賄わなければならなくなる。あえて有償の私立高校を選択する生徒以外はすべて公立高校で受け入れなければならないから、その分の公立高校を増設しなければならなくなる。増設した高校の人件費や施設設備費などもすべて税金で賄うことになる。地方財政全体で数兆円の新たな財源が必要になるだろう。
 したがって、高校教育が地方の一般財源だけで行えるのだから義務教育も同様に一般財源だけで支障なく行えるという議論は、すべての国民に無償で提供されなければならないがゆえに確実な財源保障が必要になるという義務教育の本質を理解しない、的外れの暴論であるといわねばならない。

 (1)義務教育への完全就学、(2)義務教育の無償制、(3)義務教育費の国庫負担制度の3者の間には、(1)を(2)が支え、(2)を(3)が支えるという太い関係が存在する。
 明治20年代から30年代にかけての義務教育費負担制度の歴史に照らしてみると、全ての国民の義務教育への完全就学を実現するためには、義務教育の無償制の実施が必要であり、無償制を実施するためには確実な財源保障が必要であったことがわかる。義務教育の無償制は、旧憲法には規定されていなかったが、新憲法の下では教育を受ける権利を保障するための重要な原則として明記されている。
 義務教育においては、このような憲法の要求に従い、全ての国民を就学させるために必要な規模の学校が、原則として全額公費により維持されなければならないことから、その実施に当たっては必要な財源が確実に用意されている必要がある。この点において、設置者の裁量により収容規模を決めることができ、その経費負担を受益者負担に求めることができる高等学校教育とは、教育財政上の位置づけが全く異なる。義務教育は、財源保障の必要性が極めて高い分野であるということができる。
 このような義務教育に対する財源保障の責任を最終的に果たすことができるのは国だけである。現行の義務教育費国庫負担法第1条が、まず「義務教育無償の原則に則り」と定めているのは、そのような国の責任を示すものである。
 戦後、6・3制の実施により義務教育の年限延長が行われたが、国も地方も国民全体も疲弊しきっていたその当時において、数多くの困難に直面しつつも、必要な財源を確保しつつ、この6・3制がなんとか実施できたのは、その時点ですでに昭和15年制定の義務教育費国庫負担法が存在し、義務教育に対する国による財源保障の仕組みができていたからであるといえる。
 しかしながら、義務教育費国庫負担制度があるとはいえ、この制度は基本的に教員の給与に係るものである。授業料がかからないといっても、教科書教材図書等の購入費など学校教育を受けるためには様々な経費が必要となってくる。
 そのため、義務教育無償制と完全就学を実現するための理念から、教材・教具の整備については昭和28年に義務教育費国庫負担法により教材費の一部に国庫補助を適用し、29年からは「理科教育振興法」及び「学校図書館法」の制定により理科設備、図書等の充実を図った。そのほか教育の機会均等を保障し義務教育を充実させるため、経済的条件により就学困難な児童生徒に対する就学援助、昭和29年制定の「へき地教育振興法」による地域的条件によるハンディキャップを補完するための措置等の施策を講じた。また、教科書に関しても昭和38年に「義務教育諸学校の教科用図書の無償措置に関する法律」を制定し、無償給付を開始した。
 しかしながら、このような施策を講じても、保護者の税外負担の問題が生じ、昭和31年には文部省として各都道府県に、「地方教育行政の組織及び運営に関する法律等の施行について」の通知において「教材の使用にあたっては保護者の負担等の点も考慮する」よう求めた。さらに、昭和35年には地方財政法の改正(昭和36年4月施行)にあわせ、「教育費に対する住民の税外負担の解消について」の通知を出している。しかし、このような対応をとっても保護者負担の問題は解消は困難であったため、文部科学省は保護者負担の最たるものとされていた教材に関して、その整備計画を昭和42年以降4次にわたって行ってきている。もし義務教育費国庫負担制度が廃止されて義務教育費がすべて一般財源化されることになれば、現下の財政状況のあおりを受けて、教材費等の学校予算が縮減され、保護者にそのしわ寄せがいく事態も予想される。
 教職員給与費も例外ではない。過去にはPTAが教職員にヤミ手当を支給したという事例もあったといわれている。都道府県が教職員給与費を切りつめれば、子どもたちの教育条件を落とさないために、そのような挙に出るPTAが出ないとは言えない。
 義務教育費国庫負担制度は、義務教育の無償制を支える制度であり、この制度を廃止することになれば、義務教育に必要な公費支出に支障が生じ、学校経費の安易な保護者への転嫁など、憲法が求める無償制の原則に反する事態を招くおそれは充分にあるのである。(つづく)
前川喜平〔(まえかわ・きへい)文部科学省初等中等教育企画課長〕


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