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義務教育の崩壊を救え

以下は、2005年10月24日付の宮崎日日新聞からの転載です。

【義務教育の崩壊を救え】
                (文部科学省財務課長 藤原誠)

 先日(二十日)の貴紙社説で義務教育費国庫負担金について、地方に任せるべきだとの主張が載っていた。これについて私見を述べたい。
 現在、義務教育である小中学校の教職員給与費(約五兆円)の半分は国が、残りを都道府県が負担することになっている。昨年の三位一体改革では、三兆円を税源移譲(国の税である所得税を地方の税である個人住民税に移す)する代わりに削減する国庫補助負担金リストの中に中学校の教職員給与分八千五百億円が入っていた。しかし、教育論抜きの数合わせではないかとの批判が多かったため、昨年十一月、政府与党の合意で平成十七年秋までに中教審において結論を得ることとされた。
 本年二月以来、中教審は四十一回、百時間を超える審議を行った。その結果、今後、教育の実施はできるだけ学校や市町村の現場に権限を与え、それぞれの地方が責任を持って行うこととし、国は義務教育の基盤整備や結果の検証、水準の保証を行うという義務教育の構造改革ともいうべき答申案がまとめられた。

 義務教育費国庫負担金については、地方六団体側の委員は、中学校分の国庫負担金を廃止して、地方に税源移譲することにより、地方の自由度が拡大し、自らの責任と判断で義務教育を運営することが出来ると主張した。これに対して多くの委員から「義務教育である小学校と中学校を分ける合理性がない」「地方の自由度は国庫負担金の廃止では拡大しない」「自由度の拡大には市町村や学校の具体的な裁量を拡大すべきである」「国庫負担制度を廃止するとむしろ地方間の財政力格差により教育格差が生じ、教育の機会均等という国の責任が果たせなくなる」などの意見が出された。
 例えば、義務教育費国庫負担金を税源移譲すると、宮崎県では百億円の税収不足が生じる試算がある。これは教員約二千六百人分(現在の教員数の約三分の一)が消えることを意味する。
 減収分を地方交付税で調整するといっても平成十九年度以降、三位一体改革の中で交付税自体の大幅な削減が見込まれている。県内全域に学校が設置され、教員が配置されることによって保障されてきた義務教育の根幹が崩壊しかねない。
 一般財源で賄うこととされている学校の教材費や図書の購入費は、地方によって大きなアンバランスが生じている。ファックス用紙やプリントの用紙が足りない、あるいは、読書の大切さが強調されるのに、十分な図書が整備されていない、といった憂うべき事態が全国で報告されている。
 そこで、全国の六十四%の市町村議会において、この国庫負担金を堅持せよとの決議が行われており、宮崎県でも六割以上の市町村議会から決議書が中山成彬文部科学大臣に届いている。また、アンケート調査によると、八十三%の市区町村長が堅持を望んでいる。

 こうした事実に基づく委員の反論に対して、地方六団体の委員は説得力のある説明ができず、同じ主張を繰り返すのみであった。このため、当初、「地方に委ねてみても良いのではないか」と発言していた委員も最終的には国庫負担維持を主張するようになった。
 社説では、「中教審は文部科学省寄りの委員が多数なため、審議前から結論が見えていた」というが、中教審の議事録は全てインターネットで公開されており、それを見れば事実誤認であることが明白である。また、公立学校施設整備費も地方に移すというのが地方側の主張であるが、耐震化が半分しか進んでいない状況を見れば国の援助が必要なことは自明である。
 今後、この義務教育費国庫負担金については、政治の場で最終的な取り扱いが決まることになる。義務教育費国庫負担金は、役所からすればいわば素通りしていくだけのお金である。省益という小さな了見ではなく、その廃止により我が国の教育が揺らぐことを懸念するがゆえ、国益のためにその堅持を主張しているのだということをご理解願いたい。
 これからの時代を生きる子どもたちが一生を幸せに暮らせる土台をしっかりと作っていくため、この国の未来を左右する教育の在り方について最善の判断が今求められている。


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