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「義務教育崩壊の危機」

             文部科学省初等中等教育局財務課長 藤原 誠

 今、我が国の義務教育は崩壊の危機に瀕していることを読者はご存じであろうか。
 明治以来、先人が営々と築き上げてきた「義務教育の機会均等・水準維持・無償制」は、今から見れば当たり前のことであるが、三位一体改革という美名を借りた地方六団体のごり押しによって、この憲法上の原則が根本から揺らいでいる。
 全国知事会・全国市長会など地方六団体は、国の義務教育予算の全額(約2兆5千億円)を地方に税源移譲しろと主張する。地方分権時代の中で、このような「地方に任せよ」との主張に魅力を感じる人も多いだろうが、実はこの主張には我が国の将来を誤らせる大きな問題が含まれている。
 以下、具体的な説明をしよう。

義務教育費国庫負担制度とは
 現在、我が国には約1,100万人の小中学生がおり、その97%以上の子どもたちは市町村が設置する小中学校に通っている。そこには約40万学級があり、校長・教頭・学級担任・教科担任などの教職員が約70万人働いている。これらの教職員の給与総額は、年間約5兆円に及んでおり、これは国と地方のどちらが負担しようが、義務教育をきちんと実施しようとすれば、必ず支出しなければならない経費である。本来であれば教職員が所属する各市町村がこの給与費を負担すべきだが、実際には一般的に各市町村の財政力が豊かでないため、明治以来の努力の積み重ねの結果、現在は国と都道府県が半分ずつ負担し合っている。これが、「義務教育費国庫負担制度」である。この制度の特色は、国が教職員給与費の半額を負担することにより、都道府県にもその同額を必ず支出させる義務を負わせ、約5兆円が必ず教職員給与費として、財源保障される点にある。

離島やへき地から公立学校が消える
 ところが地方六団体の主張に従い、この制度を廃止して国の予算約2兆5千億円を都道府県に財源を移譲した場合、現在の地方財政制度の下では一般財源化した場合に使途を特定するとの仕組みがないため、教職員給与費の財源保障をする仕組みが失われ、教職員の確保に誰も責任を負わなくなってしまう大問題が生じる。
 しかも、税源のバラツキの結果、現行制度と比較して40道府県で収入が減り、平均的な県で約2割の教員が、また最悪の県では約4割の教員がいなくなるという試算がある。
 この結果、恐らく10年も経たないうちに、我が国の離島やへき地から公立小中学校が消えたり、大多数の県で低賃金による質の悪い教職員が増えるといった社会状況が生じ、義務教育の水準は著しく低下するであろう。
 そのような状況下では、憲法で保障された「義務教育の機会均等・水準維持・無償制」の原則は崩壊し、一部の富裕層しか満足な義務教育を享受できず、他の多くの国民にとって義務教育を受ける機会すら失われてしまう時代が到来しかねないのである。
 地方六団体の代表者に対し、このような懸念を伝えても、「我々自治体の長は皆、教育に熱心だから、そんな心配はない」という“脳天気”な答えしか返ってこない。
 しかし、口先の約束よりも、法律でしっかりと財源が保障されている現行国庫負担制度の方が国民にとってはるかに安心ではなかろうか。さらに「もしも教育に熱心でない首長がいれば、選挙で落選させればよい」とも言うが、教育に熱心でない首長が四年間在任している間に、劣悪な教育条件の下で学ばざるを得なかった子どもたちに対して、落選した首長が一体どのような責任を負うのだろうか。
 結局のところ、現在の厳しい地方財政の状況を考慮に入れると、地方六団体が義務教育費国庫負担制度の廃止により、約2兆5千億円の現金を手に入れて、それを自由に使えるようになれば、世間に気付かれないように教職員数や教職員給与を徐々に下げていくことによって、借金の返済とか無駄な事業など、およそ教育とは関係のない分野への転用を意図しているとしか見られない。
 要するに、この問題は、義務教育の教職員給与費を国が払うべきか、地方が払うべきかというレベルに矮小化されるべきではなく、義務教育を確実に実施するために、約5兆円に上る教職員給与費を確実に担保する仕組みを今後とも維持するのか否かという大きな視点で捉えるべきである。
 そして、憲法で保障された「義務教育の機会均等・水準維持・無償制」を保障するために、国と都道府県がこの費用を仲良く折半して負担し合うという現在の仕組みが最も適切だと私は信じている。
 
市町村議会の半数以上は「制度維持」を採択
 最近、中教審が実施したヒアリングなどでも、九割近い国民がこの制度の維持を望んでおり、筆者の主張を裏付けている。また、市町村議会でもこの制度の維持を求める意見書が多く採択されており、16年度1年間だけを見ても市町村の半分以上の数を占めている事実もある。
 これらの意見こそが「国民の意見」「地方の意見」ではなかろうか。地方六団体の主張は、本当に民意を反映しているのか疑問である。
 現在、我が国の義務教育はいじめ・不登校など子どもたちの問題行動や、学力低下問題などさまざまな課題を抱えており、一刻も早くこれら諸問題に対応すべきである。
 
中教審、「義務教育の構造改革」提言へ
 このため中教審では、近く、「義務教育の構造改革」という抜本的な対策を打ち出す予定である。義務教育改革に待ったは許されない。義務教育改革を確実に実施していくためには、義務教育に必要な財源を国がしっかりと保障した上で、都道府県から市町村や学校現場に人事権や学級編成等の権限をおろすなどの施策を実施し、現場の自由度を拡大することが不可欠である。これによって、現在よりも一層の創意工夫に富んだ教育活動の展開が期待される。義務教育の財政保障を否定する地方六団体の主張は、まさに「義務教育の構造改革」への抵抗勢力に他ならない。
 なお、この「義務教育費国庫負担制度」は国の補助金だから、地方を縛っているとの批判も聞かれるが、この制度は既に平成16年度から導入した「総額裁量制」で抜本改革されており、一定の計算式で出された予算の範囲内で、各都道府県が弾力的に教職員を配置出来るようになっているので、地方を縛ってはいない、との事実に目を向けて頂きたい。ちなみに、この負担金には公共事業の箇所付けのような機能は全くないので、負担金の関係で地方自治体から陳情団が来るような光景は全く見られない。
 最後に、私は、義務教育費国庫負担制度の所管課長として、今後とも我が国の義務教育の水準を維持し、子どもたちに安心して義務教育を受けてもらうために、この「義務教育費国庫負担制度」は絶対に必要であると確信しており、そのためには現在の職を賭ける覚悟である。
 この制度の廃止を主張する知事など関係首長の皆さんにおかれては、ぜひともその職を賭けて頂きたい。そのような覚悟もなく付和雷同されているに過ぎないのならば、ただちにその主張を撤回すべきである。
 以上は文部科学省の公式見解ではなく、筆者の個人的見解であることを念の為に申し添えたい。

(平成17年10月17日の日本教育新聞の第一面に掲載されたものです)


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