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前川喜平の「奇兵隊、前へ!」(その1)義務教育費はなぜ狙われたのか?

 義務教育費国庫負担金を、三位一体改革の補助金削減の対象にするのは間違っている。
 国から地方へ支出されている国庫支出金(補助金と負担金)は、総額で約20兆円ある。大雑把に言って、そのうち12兆円が社会保障、5兆円が公共事業、3兆円が教育である。教育分野の大部分を占めるのが義務教育費国庫負担金だ。
 その中で、なぜか義務教育費国庫負担金は「三位一体改革の焦点」とされ、真っ先に削減すべきものにされてしまっている。どうして、義務教育費国庫負担金ばかりが、こうも狙われるのだろうか。

【義務教育費国庫負担金が狙われた理由その1】
 → 公共事業が三位一体の改革から除外されていること。
 公共事業の補助金は、その原資が建設国債という国の借金だという理由で、税源移譲の対象から外されてしまっている。本当は公共事業こそ税源移譲のメリットが生じる分野だ。事業の場所や種類や規模を自治体の判断に任せることができるからだ。
 義務教育はそうではない。子どものいるところには必ず学校を置き、教員を置かなければならない。うちの町では音楽や体育は教えないとか、収容規模を縮小して「入学待機児童」を待たせるとか、義務教育年限を8年に縮小するとかいうことはできない。公共事業のように地方の自由に任せられる余地はもともとないのだ。
 公共事業は建設国債で賄っているというが、義務教育費だって赤字国債で賄っている。 公共事業で税源移譲をするという可能性が断たれている以上、三位一体の改革はすでに失敗したも同然なのだ。

【義務教育費国庫負担金が狙われた理由その2】
 → 介護や老人医療など高齢化の影響を受ける分野が税源移譲の対象から除外されていること。
 高齢化の進展に伴い財政需要が増大する分野の補助金・負担金は、地方の財源に回しても、すぐに財源不足が生じて地方財政を圧迫する。だから総務省も地方団体も、こうした分野の財政責任を引き受けたくない。赤字国債を発行し続けてでも、引き続き国が面倒を見てくれた方がよい。それにひきかえ、教育や児童福祉など少子化の影響を受ける分野は、財源を移すことによる旨味が大きい。というのも、今後少子化の進展に伴い財政需要の縮小が予想されるから、補助金・負担金を地方の財源に回せば、将来は余剰財源が期待できるというわけだ。
 教育関係の補助金・負担金で、昨年8月の「地方案」の補助金・負担金の廃止リストから外されていたのは、へき地関係補助金とアイヌ関係補助金の合計約10億円だけ。「地方案」は、実に教育関係補助金・負担金の99.97%を廃止するという内容だったのだ。
高齢化の影響を受ける財源は駄目(税源移譲すべきでない)で、少子化の影響を受ける財源は良い(税源移譲すべき)というのは、決してそれぞれの分野での国と地方との責任分担を真面目に検討した上で出てきた結論ではない。地方財政のやり繰りにとって損か得かという計算だけで判断されたものではないか。

【義務教育費国庫負担金が狙われた理由その3】
 → 政治的な圧力の強い分野が避けられ、政治的な圧力の弱い分野が狙われていること。
 公共事業のように政・官・業のもたれ合い体質の強い分野よりも、義務教育や児童福祉のような分野の方が政治の世界からの抵抗をかわしやすい。特に義務教育や児童福祉の直接の受益者である子どもたちは選挙権を持っていないから、どんな目にあっても、彼ら自身には政治を変える力がない。地方6団体が平成17年7月20日に発表した補助金・負担金の廃止リストの中には児童養護施設の負担金も含まれている。身寄りのない子どもたちには彼らに代わって権利を主張する親もいない。政治的に完全に無力な存在だと言ってよい。そういう政治的弱者が狙われているのだ。
 義務教育費国庫負担金には、徒党を組んで削減反対を唱え、「票」や「金」で政治を動かせるような圧力団体がいないのが現実の姿だ。
 また、民間部門に比べると公立部門は政治力が弱い。だから私立保育所よりも公立保育所の方が、私立学校よりも公立学校が狙われるのだ。

【義務教育費国庫負担金が狙われた理由その4】
 → 額が大きいということ。
 総務省にしてみれば、この負担金を一気に削減するだけで3兆円の財源が手に入れられる。小さな額の補助金をひとつひとつ削減するために苦労するよりも、コスト・パーフォーマンスが格段に良い。総務省は、この財源さえ獲得できれば、3兆円税源移譲は確実に達成できる。
 ただし、義務教育費国庫負担金はあまりに大きすぎて、総務省も一回では食べきれない。いっぺんに食べてしまうと、3兆円を大きく超えてしまうのでお腹を壊すのだ。だから1回目は平成18年度に中学校分を食べ、19年度以降の2回目に残りの小学校分を食べようとしている。

【義務教育費国庫負担金が狙われた理由その5】
 → 文部科学省の政策に対する国民や自治体の不満が利用できるということ。
 「学力低下」や「ゆとり教育の弊害」を声高に叫ぶ人たちは多い。それを義務教育費国庫負担金のせいにすれば、地方の意見やマスコミの論調をたやすく義務教育費国庫負担金廃止の方向へ誘導していける。しかし、本当に教職員給与費の財源の在り方と「ゆとり教育」とが直接に因果関係を持つのか。それは学習指導要領の在り方や教育内容に関する文部科学省の指導の在り方の問題であって、義務教育費国庫負担金とは関係がない。

【義務教育費国庫負担金が狙われた理由その6】
 → 市町村向けではなく都道府県向けの負担金だということ。
 総務省にとっては、市町村よりも都道府県の方が、操作・誘導が容易なのだ。市町村が2,000以上あるのに対し都道府県は47しかなく、そこへ大量の総務官僚を送り込んでいる。したがって、都道府県主導の「地方の声」を作り上げるのは容易だが、市町村から上がってくる声を一つにまとめるのは困難だ。総務省にとって、市町村の反対を抑えることは難しいが、都道府県を押さえ込むことは容易である。生活保護は市町村に対する負担金だが、義務教育費は都道府県に対する負担金だ。だから地方6団体意見では、同じ義務的事業の負担金なのに、生活保護費負担金は堅持、義務教育費負担金は廃止というちぐはぐなことになるのだろう。

 三位一体の改革では国から地方への国庫支出金を「国庫補助負担金」と総称して、一括りに削減すべき対象としている。ここにはためにする歪曲がある。補助金と負担金の違いくらい、総務省も財務省も知らないはずはない。
 補助金とは、国が政策誘導するために、国が決めた事業を行う自治体に対し、国の裁量で支出する金である。負担金とは、法律に基づいて自治体が行わなければならない事業に対し、その財源を保障するためにその一定割合を国が義務として支出する金である。地方の立場からすれば、国に頭を下げなければ貰えないのが補助金で、黙っていても来るのが負担金である。補助金には、国がどの自治体のどの事業にどれだけ出すかという「個所付け」が伴うが、負担金はどの自治体にも公平に渡されるので個所付けは起こらない。地方財政の自立性を高める上で真っ先に地方へ移すべきなのは負担金ではなく補助金である。「族議員の利権」とか「役所の省益」とかいう言葉は、補助金には当てはまるが、義務教育費のような負担金には全く当てはまらない。
 平成一七年九月三〇日の衆議院予算委員会、「目の前を通り過ぎていくだけのお金を持っていて何か楽しいことがあるのか…」と質問した与謝野馨自民党政調会長に、中山文部科学大臣は答えた「確かに、おっしゃるように、文部省の目の前を素通りしていくようなこの国庫負担のお金、文部省にとって別に欲しいわけでも何でもありませんが、しかし、それを通っていって、地方に行くことによって、先ほども申し上げました機会均等といいますか、これが担保されているということを実は感ずるわけです」。
 「目の前を素通りするお金」、国庫負担金の本質をよく表す言葉だ。
 新聞が「文教族は利権を守るため義務教育費国庫負担金の廃止に反対している」「文部科学省は省益のために義務教育費国庫負担金を堅持しようとしている」などというのは、全く事実に反する濡れ衣である。義務教育費国庫負担制度を守ろうとする動きを、文部科学省の「省益」とか文教族の「利権」とかいう観念で説明しようとするステレオタイプのものの見方がマスコミ全体に広がっているのだ。私などは悔し涙も涸れ果ててしまっているのだが、それでもこれからの子どもたちのため、ここで諦めるわけにはいかない。だからこうして皆さんに説明しているのだ。
 中教審義務教育特別部会で、片山知事はこう発言した。
「義務教育は、スケープゴートであり、人身御供なんです。それで三位一体改革を表面だけ合わせても仕方がない。地方が真に廃止したいものを引っ張り出してほしい。そうしないと、早々と雲隠れした補助金が高笑いするだけです。だから、総理に、是非原点に帰って本当の三位一体改革を進めてくださいということを、総理への中教審のメッセージとして、答申に記述したらいいんです」(10月3日特別部会)
「義務教育費というのは、いわば冤罪みたいなものなんです。真犯人はほかにいるわけです。ところが、真犯人がなかなか腕力が強かったり、巧みに逃げるものですから捕まえきれない。だけど3兆円は確保しなきゃいけない。だから、犯人はとにかく見つけなきゃいけないから、というので冤罪の構図というのがこういうところに出てくるわけです。だから、私は、去年の政府与党の裁きに対して、中教審は、真の三位一体改革の理念のもとに再審を要求したらいいと思うんです。真の三位一体に沿うように、もう一回ちゃんと審理してくださいと」(10月12日特別部会)
 真犯人は誰か。それは「公共事業」と「奨励的補助金」である。

 「三位一体の改革」の源流は地方分権推進委員会までさかのぼることができる。しかし、その源流と下流とではまるで似ても似つかないものになっている。
 地方分権推進委員会は平成9年に出した第2次勧告で「国庫補助負担金の整理合理化と地方税財源の充実確保」についての方針を打ち出した。そこでは次のように述べていた。
「国が一定水準を確保することに責任をもつべき行政分野に関して負担する経常的国庫負担金については、(中略)その対象を生活保護や義務教育等の真に国が義務的に負担を行うべきと考えられる分野に限定していくこととする。なお、経常的国庫負担金については、その負担割合に応じ、毎年度国が確実に負担することとする」(傍点、筆者)
 この内容は平成10年5月29日に閣議決定された「地方分権推進計画」にもそっくりそのまま盛り込まれた。平成10年の時点では、地方税の充実を図る際にも義務教育費国庫負担金は確実に残すべきものとされていたのである。義務教育は税源移譲の財源にはしないという、いわば「不可侵条約」が結ばれていたのだといえる。
 その不可侵条約を破って義務教育費に侵略戦争を仕掛けたのが総務省である。

 三位一体の改革の終着点は地方交付税交付金の大幅削減である。地方交付税特別会計の破綻がこれ以上放置できない状態になっているからだ。地方交付税の改革は財政再建の重要な課題としてすでに平成13年の基本方針2001で打ち出されていた。地方交付税の将来に危機感を抱いた総務省が、地方交付税の削減を埋め合わせるため、一般財源の拡大を狙って打ち出したのが三位一体の改革だと言ってよい。
 地方交付税特別会計に入ってくる税収は約12兆円だが、そこから総務省が配っている交付金は約17兆円に上る(平成17年度)。総務省はこの不足分を補うために借金を重ねており、その累計はすでに52兆円にのぼっている。さらにこれまでに自治体が行った借金について、総務省が地方交付税交付金で返済を肩代わりしてやると約束した額が70兆円を超える。
 地方交付税の破綻を救うために、義務教育費国庫負担金という財源が狙われたのだ。過去に大盤振る舞いをした総務省の資金不足を穴埋めするために、子どもたちのための財布が奪われようとしているのだ。(つづく)
前川喜平〔(まえかわ・きへい)文部科学省初等中等教育企画課長〕


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